領域代表者による挨拶

この新学術領域研究は,「インタラクションの分析とデザイン」をテーマにしています.具体的には,人と人,および人と(伴侶)動物のインタラクションを認知科学的に分析し,そのメカニズムをアルゴリズムレベルで明確にした上で,その成果を人と自然にかつ持続的にインタラクション可能な人工物設計に応用することを目指します.そのような研究を通じて,人対人,人対動物,人対人工物に共通する,インタラクションを可能にしている認知メカニズムを解明したいと考えています.

 

このような研究を実現する上でキーとなる概念の一つが「他者モデル」です.人同士がコミュニケーションする際に,対話相手が,このような状況だと,このように発言や行動をするはずだという,対話相手の行動を理解し予測するための心的モデル,すなわち「他者モデル」が重要な役目を果たしているからです.初対面同士の会話であれば,お互いに対話相手に関する他者モデルをもっていないため,会話がかみ合わないこともあります.他者モデルによるこのようなインタラクションの円滑化は,人同士のコミュニケーションのみならず,人と動物,および人と人工物との間のインタラクションにも見られるはずです.したがって,本領域では,人対人,人対動物のインタラクションにおける「他者モデル」の機能をアルゴリズムレベルで解明し,それを人と人工物のインタラクションに応用することが期待されています.

 

これまでも「他者モデル」に基づく人工物(インタフェース)設計は試みられてきましたが,十分な成功を収めているとは言えないと考えています.特に,高次認知レベルでの他者モデルが人工物設計に応用され成功した例は,文字入力における曖昧検索と予測変換など数が限られています.その理由の一つに,成人同士のインタラクションでは言語情報の役割が非常に大きい一方で,言語的なインタラクションのモデルをアルゴリズムレベルで構築することが容易ではないことが上げられます.しかし,人は,たとえ知らない言語で話し合っている人たちに対しても,彼らが友好的な関係にあるのか,(喧嘩などをして)ある種敵対的な関係にあるのかを察知することが(状況によっては)可能です.これは,非言語情報に基づくインタラクションモデルの構築の可能性を示唆しています.実際,飼い主と(犬などの)伴侶動物のインタラクションにおいて,伴侶動物は,飼い主が発する(お手などの)短い言葉=命令の意味を,餌や,飼い主の声に含まれる韻律や表情などの非言語情報による報酬系から学習しており,言語を共有しないもの同士であっても,最も原初的な形での他者モデルの獲得や推定,利用が行われていると考えられます.そこで本領域では,インタラクションにおける言語的な側面よりも非言語的な側面に焦点を当て,成人同士のみならず,非言語情報に依存せざるを得ない子供と大人,あるいは人と動物のインタラクションの知見を人=人工物インタラクションに応用するという発想を得ました.

 

これは挑戦的な課題かもしれませんが,これを実現しない限り,インタラクションの本質が理解できないばかりか,真に人の役に立つ人工物は作れないという強い想いから,本領域を立ち上げた次第です.

 

インタラクションあるいはコミュニケーションは,文系領域では言語学や社会心理学・認知心理学において,また理系領域では情報科学において研究されてきました.ですが,本領域の目的は,個別の学問分野にだけ閉じこもっていては達成できません.そこで,学横断的な認知科学の手法をベースにして,認知科学,認知心理学・社会心理学,コミュニケーションの科学,動物心理学,情報科学・工学の諸分野(ヒューマン・エージェント・インタラクション,インタフェース,知能ロボット,機械学習,デザイン論など)をまたいで研究することが必須となります.このような,人文・社会科学,数理科学,生命科学の融合は,言うに易く行うに難しいものの最たる例ですが,他者モデルのアルゴリズムレベルでの解明をキーにこれを実現したいと考えています.

 

本領域は,ヒューマン・エージェント・インタラクションおよびヒューマン・ロボット・インタラクションの研究者によるコミュニティを母体として誕生しました.つまり,本領域の総括班ならびに計画班は,研究助成のために結成されたのではなく,研究上の目標や方法を共有する人たちによって自発的に構成されている点が特徴の一つです.また,他の新学術領域と比較して,若い研究者が多く参加している点も特徴の一つです.そのため,他の新学術領域と比べて,領域の一体感や研究への情熱は強いと自負しております.

 

認知的インタラクションデザイン学という新学術領域の創成に微力ながら尽力したいと思いますので,皆さまのご指導,ご協力を賜れますよう,どうぞよろしくお願いいたします.

 

20149

領域代表者

植田一博