計画研究班【B01】

人=動物インタラクションにおける行動動態の分析と認知モデル化

 人=動物インタラクションにおいて,双方向的なインタラクションを可能にしている社会的シグナルを明らかにする.

 具体的には,下記の4項目の研究目的に沿って研究を行う。

(1) 乗馬や盲導犬の訓練場面において,行動と生理指標のデータロギングを行うことで、ウマやイヌへの指示や,発声・表情・視線などの特徴を計測する事で何が指示として有効か,そこに視線などの社会的シグナルがどのように影響するのか等を探索的に抽出する.

(2) ヒト=動物インタラクション場面で重要なシグナルがもつ特徴とその弁別能力等の認知基盤を明らかにする.具体的には,指示が動物によってどう認識されるのか,逆に動物が発するシグナルをヒトがどう認識するか,指示するヒトと動物との関係性によってそれらが影響を受けるか,指示の際のヒトの感情状態を動物は弁別・認知可能か,それらは,訓練や学習をする場合にどのような影響をもたらすか等を厩舎・実験室にて統制された刺激を用いて検証する.

(3) それらの社会的シグナルの機能的意味を,サルを含めた3動物共通の実験を用いて比較する事によって,視線などの人が自然に受け入れる事の出来る社会的シグナルが家畜化された動物(イヌ・ウマ)と家畜化されないが進化的・身体的に近い動物(サル)でどのように違うのかを明らかにする.さらにその上で,

(4) 人=動物インタラクション場面における認知モデルを階層的な他者モデルを定式化する.

構成メンバー

研究者名 役割 Web
 鮫島 和行
(玉川大学 脳科学研究所)
 研究代表者 link
澤 幸祐
(専修大学 人間科学部)
研究分担者 link

瀧本 彩加

(北海道大学 文学部)

研究分担者 link
村井 千寿子
精華女子短期大学
研究分担者 link

永澤 美保
麻布大学

研究分担者  

菊水 健史

(麻布大学)

連携研究者

link 

島田 将喜

帝京科学大学

連携研究者 link 

上野 将敬

(京都大學)

連携研究者 link

大北 碧

(専修大学)

連携研究者  link

神代 真里

玉川大学 脳科学研究所)

PD研究員  

西山慶太

(帝京科学大学)

研究協力者  

これまでの主要な研究成果 概要

研究目的 1 : 人と動物が自然にインタラクションする場面でのフィールド計測を通じて、人と動物の間でかわされる社会的シグナルを研究しています。

 

研究1-1 : 馬術場面におけるインタラクション研究(大北, 西山, 澤, 鮫島と公募班(池田・久保)の共同研究)

 馬術はヒトがウマに音声や動作などを通じてウマに指令(コマンド)を出し、ウマがそのコマンドを受容して走る方向や速さなどを調整するヒトと動物のインタラクションの良い例となっています。馬術ではヒトがどのような音声や動作を行い、ウマはそれに対してどのような反応をするのでしょうか?これまで、馬術訓練で経験的に伝えられてきたヒトとウマのインタラクションを定量的・客観的に研究するために、馬術訓練場面におけるウマの動作計測および人の生理指標計測,視線計測を行いました.騎乗中にウマは並足、早足、駈足等の様々に歩様を変化させます. 従来はこれを審判員などのエキスパートの判断に依存していました.

 ヒトの音声や動作とウマの歩様の変化を正確に把握するためには、定量的で客観的な歩様の分類とその変化を知る必要があります。そのために、我々はウマの動作を加速度センサーによって計測し,ウマの歩様動作を機械学習法をもちいて自動的に分類する方法を開発しました. この方法によって、ウマの動作観察の熟練者による遷移観察とほぼ一致する精度(95%)での動作分類に成功しました.また、加速度の軌道の逸脱を解析することによって数十ミリ秒ごとの精度で時間的により正確なウマの動作の変化を捉えることに成功しました。

 今後は、この開発された方法をつかってヒトの発する音声シグナルや動作シグナルとウマの歩様の変化の時間関係を明らかにしてゆく予定です。

 

この研究成果は日本ウマ科学会第28回学術集会で発表されました。

 

西山慶太, 大北碧, 真野浩, 久保孝富, 池田和司, 澤幸祐, 鮫島和行: 機械学習によるウマの歩法推定, 日本ウマ科学会第28回学術集会, (2015.11).(@東京都)

 

 

研究目的 2: 動物がヒトを含む他者をどのように認知しているのかを、実験的に調べています。

 

研究 2-1:インタラクションとしてのニホンザルの指さし行動(神代・鮫島)

 自分が見たところを他人も見るという共同注視は、他者と注意を共有することや他者の注意を操作することでコミュニケーションの基本となる現象の一つと考えられている。同様に指を差して他者の注意を対象へと導く指さし行動(pointing)も、他者の注意を操作する行動といえる。ニホンザルなどのマカク属のサルにおいて、ヒトが向いた方向をサルも見るようなヒトからサルへの注意操作がおきる事が観察されている。相互のインタラクションがおきるためには、相互に注意の操作が起きることが重要である。ニホンザルは、指さし行動を「他者の注意を操作する社会的シグナル」として使うことができるだろうか?

 今回, 我々はニホンザルに,他者(ここではヒト)の注意を操作する指さし課題を訓練した.人とサルとが,一度アイコンタクト(直視)を行った後に手の届く位置のエサに対して指さし行動(pointing behavior)を行う事を訓練することに成功した。しかし、これだけではエサを得るという目的のために手順を学習しただけの行動であるのか、それとも、他者の視線を操作する事そのものを行う事が目的であるのか区別する事ができない。そこで、ヒトが実験室内の見える位置いる条件とヒトが実験室から一時的にいなくなる条件(ただし、エサは手が届く)を用意し、サルの視線および行動を観察した。ヒトがいる条件ではエサがとれる際には指さし行動が発現したが,人がいなくなる条件では,指さし行動は見られなかった.このときエサは自分でとれる位置に存在したが,自分でエサをとる行動は見られなかった.

 このことから,この指さし行動は他者の行為(特定のエサをとって与える)を指示する社会的シグナルの発現であることが示唆された.相互の社会的シグナルの発現機構や必須条件を探るための行動がニホンザルでも訓練によって研究する事ができることが明らかとなった.

 

この成果は、第39回日本神経科学大会にてポスター発表されました。

Mari Kumashiro,Kazuyuki Samejima, Pointing and gaze communication based on joint attention between a human and a monkey, 第39回日本神経科学大会 P2-242, (2016.7)(@横浜)

 

 

研究2-2:ヒトの直視はイヌの注意獲得行動を促進する(大北・永澤・菊水)

 イヌはヒトから視線が向けられているか否かによって,自分に注意が向けられているのか、それとも他のものに注意を向けているのかがわかるのでしょうか?また、それによってイヌが自分に注意を向けるために行うとされている行動(注意獲得行動;クンクンと鳴いたり、飼い主の顔を見たり、前肢でひっかいたり、飼い主のほうへよっていくような行動)を変化させるのでしょうか。

 飼い主がイヌに視線を向ける直視条件と、イヌから視線を逸らす条件を比較したところ、クンクン鳴く行動や、飼い主の顔を見る行動は、直視のほうが視線を逸らした条件より長い時間観察されました。一方で、ひっかく行動や飼い主の方 へよっていく行動は2条件で違いが見られませんでした。したがって、飼い主の直視は、イヌと飼い主が互いに触ることができない場合の遠くからの社会的シグナルとして、これらの注意獲得行動を促進する役割があることがわかりました。

 我々は、これらの結果から、イヌはヒトの視線に敏感であり、その視線は愛着行動としての働き、ヒトとイヌとが近い関係性を保つことに貢献しているのではないか、と考えています。

 

この成果はBehavioral Processes誌に論文発表されました.

 

Ohkita, M., Nagasawa, M., Mogi, K., & Kikusui, T.: Owners Direct Gazes Increase Dogs Attention-getting Behaviors, Behavioural Processes, 125, pp.96-100 (2015.4).

 

 

研究 2-3 : 出来事の時間的順序と因果関係の理解について (澤・栗原)

 

我々のコミュニケーションを支える能力には様々なものがあります。人間同士であればそれは言葉を扱う能力かもしれませんし、「相手は何を考えているのだろう」と相手のことを理解する能力かもしれません。しかし、人間と動物や人間と機械のあいだの情報のやり取りではどうでしょうか。言葉を媒介しないやりとりもまた、コミュニケーションで重要です。こうした場面では、言葉に関する能力以外にも、もっと下部の構造として、「自分の反応によって相手の反応が変化する」といった因果関係に関する基本的な理解が重要な役割と果たしていることが考えられます。

我々が外部世界にある出来事や自分の行動と外部の出来事のあいだに因果関係を見出すときには、いくつかの規則があります。なかでも重要なものが、出来事のあいだの時間関係です。マッチを擦るのは火が付くよりも先であるように、原因は結果よりも先に起こります。ある出来事Aが別の出来事Bよりも先に起こったときに、我々は出来事Aが出来事Bの原因であるという判断をします。もし出来事ABが同時に起こったなら、我々はそこに因果関係を見出すことはないでしょう。今回の実験では、ラットのような動物であっても、こうした出来事のあいだの時間関係の情報を因果関係の認識のために使っているかを検討しました(Sawa & Kurihara, 2014)

Aを見てください。気圧の変化は、気圧計の変化と天気の変化を引き起こす原因です。我々は気圧の変化を直接知ることはできないので、気圧計の変化を観察して天気の変化を予測することができます。一方で、誰かが気圧計に手を加えたせいで気圧計が変化したのを観察しても、天気の変化が起こるとは予測しません。このように、因果関係のある出来事に対して何らかの介入があったときとなかったときの区別を人間はすることができます。ラットも同じことができるかどうかを検討した先行研究(Blaisdell, et al. 2006)では、気圧の変化や気圧計の変化を音刺激・光刺激、天気の変化をエサの提示、気圧計への介入をレバー押しに置き換えて実験が行われました。これらを刺激X、刺激Y、エサと表記したのが図Bです。刺激Xのあとに刺激Yが提示されたり、刺激Xのあとにエサが提示されるといった具合に、出来事の起こる順序に前後関係を設定し、まるで因果関係があるように、刺激Xが刺激Yとエサの原因であるように設定してあります。ラットは刺激Xのあとに刺激Y、刺激Xのあとにエサが来るという訓練を受けるわけです。そのあと、刺激Yが提示されたときの反応が観察されました。その結果、もし刺激Yが提示されると、気圧計の変化を観察した人間が天気の変化を予測するように、エサが提示されることを予測してエサ皿へ接近すること、またラットがレバーを押したときに刺激Yが提示された場合には、気圧計への介入があったときに人間が天気の変化を予測しないように、ラットはエサの提示を予測せず、エサ皿への接近が少なくなることが示されました。これはラットが人間と同じように因果関係に基づいた推論をしている可能性を示しています。

今回の実験では、気圧の変化・気圧計の変化・天気の変化にあたる出来事が同時に起こったとしたらどうなるかを検討しました。これまでの研究と同様に刺激Xのあとに刺激Yが、刺激Xのあとにエサが提示される「継時群」に加えて、刺激Xと刺激Yが同時に、またX刺激とエサ提示が同時に起こる「同時群」を設定しました。(図C)。もし「原因は結果に先行する」という時間関係に関する情報が重要であるならば、ラットは出来事が同時に起こった場合には因果関係に基づいた推論を行わないと予測されます。先行研究では継時群にあたる手続きではエサ皿への接近反応が減少していましたが、同時群ではエサ皿への接近反応が減少しないと考えられます

結果を図Dに示します。このグラフは、ラットのレバー押しのあとに刺激Yが提示されたとき、ラットがエサ皿に接近した程度を示しています。刺激Xと刺激Y、エサの間に前後関係がある条件で訓練をした継時群とくらべて、刺激Xと刺激Y、エサが同時に提示される訓練を受けた同時群のラットはエサ皿への反応が増加することが明らかになりました。この結果は、ラットもまた、出来事と出来事のあいだの時間関係、順序関係を因果関係の理解に利用している可能性を示唆しています。

ラットという動物 は、進化的には人間とはかけ離れた動物ですが、そのラットであっても出来事の順序関係から因果関係の理解を行っている可能性が示されたことは、ほかの多く の動物でも同様の基盤が共有されている可能性を示唆します。双方向のコミュニケーションのなかでは、自らの発するシグナルと相手の行動変容の関係の理解な ど、順序や時間関係に関する情報処理が下支えするシステムも重要であろうと考えられます。今後は、より社会的な場面において、こうしたシステムが支える複雑な情報の伝達に迫っていく予定です。

 

 

この研究成果はFrontiers in psychology誌に論文発表されました。

 

引用文献

Blaisdell, A. P., Sawa, K., Leising, K. J., & Waldmann, M. R. (2006). Causal reasoning in rats. Science, 311(5763), 1020-1022.

Sawa, K., & Kurihara, A. (2014). The effect of temporal information among events on Bayesian causal inference in rats. Frontiers in psychology, 5.

 

 

これまでに発表された主要な研究業績については,こちらをご覧ください. 

Last update: 2016/09/23